スタッフブログ

2020.07.31

頑張れ

今日で7月も終わり。

私は今日、スタッフから誕生日のお祝いをしてもらいました。

この歳になると昔聞いた話や言葉を思い出すことが多く、中学・高校時代に出会った先生の言葉が、どんなに何気ないものであっても自分の心の中で財産として残っていたのだと、改めて出会いの大切さが身に染みるように感じています。

 

私の中学・高校時代となると、もう20年ほども前になってしまうのですが、この歳になってそんな言葉が思い出されるのはきっと孔子の 子曰く、吾十有五にして学に志す・・・ ”の通り、40に向けての「惑わないための柱」を、今まで心に溜めてきた言葉や経験から建設中であるためなのかな。。と感じています。

 

今日ふと、診察室にある日めくりカレンダーを見ましたら、31日の言葉は “不撓不屈”になっていました。(ベガルタ日めくりカレンダー)

この言葉は偶然にも私の卒業した高校の校訓の1つなのですが、私の高校は文武両道を掲げつつ、かなり勉学に対してウエイトを置く学校でしたので、私も小学校からの夢であった獣医になるため、一時期は毎日寝る以外はずっと勉強をしていました。

寝る以外というと、大げさに聞こえてしまいますが本当に言葉の通りで、高校1年の頃は、食事中も教科書を広げ、移動中はイヤホンをつけて耳から知識を取り込み、トイレもお風呂も手に書いたものを見て・・というくらい、自分ではこれ以上努力できないほど頑張っていた時期でした。

しかしこれ以上ないくらい勉強に励んでも、その頃は獣医大学はとても人気が高かったため『獣医になりたいなら学年4位以内に入らないと無理だ。もっと勉強してもっと頑張れ。』と担任の先生に言われていました。その頃はもう限界なほど努力しているつもりでしたので、その『頑張れ』という言葉にとてもショックを受けたことを覚えています。

 

しかし、その学校のどの先生も『頑張れ』『もっと勉強しろ』と口を揃えて言う中、唯一1人の先生だけが『もっと遊ばなきゃだめだよ』と言ってくれました。『死ぬ気で頑張ればなんでもできる。』なんてよく聞く話ですが、私は死ぬ気でやっていて、「本当に死ぬかも。」と言うところまで心が死んでしまったので(汗)、その1人の先生の言葉にとても心が救われました。

そんな高校時代を過ごして以来、『頑張れ』という言葉にとても抵抗を持っていて、言われることも、言うことさえも躊躇うほど嫌な印象をもつようになってしまったのですが、

つい数年前に

【『頑張れ。』という言葉は、「努力が足りないからもっと努力しろ。」という意味よりも、〝うまくいくよう祈っているよ〟という優しい意味合いの方が大きいんだ。】

という言葉を目にして、「頑張れ」の言葉に冷たい壁を作っていたのがスーッと溶けていくような気がし、それからというもの、人から言われても、人にその言葉をかける時も抵抗をもつことがなくなりました。

頑張っている人に頑張れ。なんて、とても言えない・・・。と思っていましたが、相手の努力を認めつつ、幸運を祈るこの“頑張れ”の言葉なら、意外に悪くもないかもな。と思えるようになったのです。

 

明日はベガルタ仙台のホームゲーム。横浜マリノス戦。

もちろん今までもベガルタ仙台を応援してきていますが、単純に『勝ってほしい』よりも、選手の頑張りが報われる結果であってほしい。という気持ちが大きいです。

だって、選手一人一人が一生懸命にやっているのはもちろんのことですから!!

他のチームが勝利をしても、その相手チームの家族にとっては嬉しい気持ちでいっぱいなんだろうな。と想像できるので、どちらかが失敗すればいいなんていうことは全く思いません。全てのチーム、全選手が力を発揮して、どんな結果でも讃えあえる試合になればいいなと感じています。

 

勝っても負けてもサポーターが選手に向かって拍手を送るのはきっと、『信じているよ』の証だと思います。

 

今はコロナの影響で学校や医療現場が錯綜しています。特に受験を控えた学生さんは大変な状況であると思っています。医療現場も、抑えきれない患者数の増加に心身共に疲労していることと思います。

全ての今頑張っている人たちに、うまくいくよう祈っているよ。の意味を込めて『頑張って!』の言葉を送りたいと思います。

そしてどうか周りの人たちにも、頑張れの言葉を、見守るような優しい意味合いで使ってほしいなと願っています。