スタッフブログ

2022.07.30

花との思い出 〜⑤ 晩年の過ごし方〜

スンミが家族に加わり、それまで超高齢&高齢の爺婆猫だけだった病院裏の平均年齢がグンと低くなり、

縁側でお茶を飲んでいるか、コタツでウトウトしているかだけだった2人(例え話)が、「こうしちゃおれん!」と急に活気付きました。

きっとシハルは若い女子が来てちょっとウキウキ/

花は縄張りと息子を取られてしまわないように気丈にせねば!と思っていたのかもしれません。(野良では弱いところを見せたらおしまいですからね。)

 

さらに良くも悪くも空気を読まないスンミ。関節痛もちの花(高齢猫はほぼ100%関節痛もちです。)にも、容赦なく喧嘩遊びを挑みます。

寝てばかりの花でしたが、時折強制的に運動する時間が設けられました。

 

よく晩年は、『穏やかに過ごさせてあげたい。』という意見の方が多いですが、

身体的・精神的に過度な負担がなければ、五感に刺激を与えてあげるということは、脳に良い刺激になり、精神的にも身体的にも若返り・・とまではいかないですが、老け防止に繋がります。

退職後は趣味をもて。という勧めに似ているかと思います。

 

猫ちゃんの場合だと難しいですが、

ワンちゃんの場合、特に運動を制限する必要がなければ、高齢になったからといってお散歩を控える必要はありません。(※獣医師から指示がある場合はそれに従ってくださいね!)

どうしても関節が痛くて・・とか、心臓に負担がかかるから・・ということであれば、抱っこやカートに乗せるなどしてお外に出るだけでも。

風の当たる感触、色々なところからしてくる匂い、足から伝わる感触、熱、冷たさ、鳥の声、車の音・・・・・。。家の中よりもお外は刺激に溢れています。

 

我が家の猫たちの場合、ご来院されるワンちゃんや猫ちゃんの声が聞こえたり、たまに写真撮影のために表(診察室)に出されることが多いので刺激としては通常より多めだったはずです。

 

健康診断等で徐々に腎臓の数値も悪くなっていき、見た目にも筋肉量が格段に落ちてきていましたが、晩年の花は表情だけは昔のまま。とても若い顔をしていました。

本人の気力的にはきっと最後まで自分が第一線という気持ちでいたと思います。

 

飼い主さん側や動物たち本人の死生観は様々かと思いますが、花の意見的に『人の世話にはならん』という気持ちが強く感じられたため、本人の意見を尊重し、私たちは積極的(無理な)治療はしませんでした。

(↓私のことは恐れているので反抗的な態度はしませんでしたが、他の人の処置にはわがままを表す花。)

その代わり、本人が毎日何か楽しみをもてるように、いろいろなご飯をプレゼントしてあげました。

ご来院される患者様からも、『花ちゃんに・・』とお気遣いいただき、おやつやフードをプレゼントしてもらうことも多かったため、花は毎日違った食事を堪能していました。おそらく野良時代に与えられていたであろう缶詰だったり(猫ちゃんは小さい頃に食べた食事を晩年喜ぶ傾向にあります。お袋の味ってやつです。)、真新しい高級缶詰(グレインフリーやオーガニック系、食材にとことんこだわった系など)、みんな大好き“ちゅ〜る”や、ささみのおやつ。。

毎日違ったご飯をあげていたため、私が朝出勤すると、『今日は何のご飯ですか??』とキラキラした目で出迎えるようになっていました。

しかし、あまりに贅沢しすぎたためか、2回続けて同じものを出すと、『またこれか。』と匂いを嗅いですぐプイッといなくなっていました(⌒-⌒; )  ・・・コイツ・・(怒)って感じですよね。

(↑美味いもの食べて楽しく過ごせれば本望。な花さん)

 

食事の他に気を付けてあげたことが、室温です。

筋肉が無くなるともちろん熱も産生できないため、晩年の花はとても寒がるようになりました。

そのため、亡くなる数年前からは夏場でもずっと電気ヒーターをつけていました。(もちろん人や他の猫たちは暑いので、お部屋全体はクーラーつけてます。)

本人が寒いと感じた時に自由に暖を取れるようにした工夫です。

(↓一方暑くて伸びてますが、一方はストーブに当たる図)

 

さらに体が弱ってきてから工夫したことは、安心して休養できる場所を作ったこと。

本人的にも体の自由が利かなくなってきていることは感じているようだったので、落ち着いて休める囲われた空間を作ってあげました。

このように、いつかやって来る死までの期間、少しでも後悔することがないよう準備をしていきました。

 

しかし我々だけでなく、ある時から花自身も“いつか”に備えた準備というのをしていたような気がします。

その一つが、我々によく話をしてくるようになった期間があったこと。

座ってPC作業などしていると、隣に来てチョイチョイと手で合図し、目をジッと見つめてくる時がありました。まだ意識がハッキリしているうちに、伝えられることは伝えておこう。と思っていたような気がします。

これは行動学的に証明された行動とかでなく、お互いの関係性の中でしかわからない通じ合いといいますか。。

その花に応えて、私も早くから花に対して“今まで一緒にいてくれたことの感謝の気持ち”と、もしものことがあったときに後悔しないように“自分の気持ち”を伝えておきました。

きっと花の意識が正常に保てなくなってから伝えても、届くものが限られると思ったからです。そして私も落ち着いて冷静に伝えられるものの方が本心に近いと考えたからでした。

 

そうこうと、『もうすぐ死にそう』と言われ続け、結局2022年の年も超え、、、

気がつくと2022年の春。

 

ひまわりの花もお花屋さんに登場する季節まで過ぎていました。